母の怒りと私の修行
 七十四になる母と週末は三食一緒に食べながら、話を聞く。これは、私にとっては修行のようなものだ。母の話はいつも繰り返し同じだからだ。それも十代の頃に満州で、世話になっていた親戚の人たちに、いかにひどい扱いを受けたかに始まり、結局その人たちの子供が早くに無くなったり、病気になったという話に落ち着く。「私をいじめた人はみんなろくな目に遭っていない」というのが、その話の締めとなる。

たった今誰と電話で話したかすら忘れてしまうくらい物忘れのひどくなった母が、十代の記憶はかなりはっきりしている。しかし、聞く度に多少脚色されているのもわかる。少しずつ話がオーバーになっているからだ。母の話の中で、母はいつも悲劇のヒロインである。そして、必ず自分は正しく生きてきたと確信している。

自分を決して責めない母がうらやましいし、驚きでもある。そして、母はそのときに傷つき、その人たちに大してひどく怒りを持ったことに気づいていない。いつも、「なぜ、あの人たちはあんな運命になってしまったのか、不思議なのよ」と言って首をかしげる。私にとっては不思議でもなんでもない。母の話の主旨は、つまり彼らに対する激しい怒りなのだから。

そして、たとえ私の話をしていても、母の話は結局自分の話に結びついていく。それを繰り返し聞いていると、絶対に自分は悪いことをしていないという信念が私に重くのしかかってくる。母のエゴ、母の救われない魂を、いつも私は肩に重く感じる。だから、母の話を聞くのは、まるで滝に打たれて、冷たく痛い思いをする修行のようなのだ。

アクティブ・リスニングといって、人の話をひたすら聞くという方法を勉強するために、私は何回かセミナーに出席している。そして、自分自身も人に話を聞いてもらうことで、それがどんなに大きなことかを実感している。

それなのに、母の話を聞いていると、私はいつも打ちのめされ、苛々し、もがいてしまう。母の怒りをもろに浴びるような気がするからだ。話し終えた母の方はといえば、すっきりさわやかな気分になるらしい。親孝行という言葉と、いつか母は死ぬのだという思いが複雑に心の中で闘いはじめる。

しかし、母の怒りをどうしたら解き放てるか、などとはもう考えないようになった。最近は、母は怒ることが生きる活力らしいと気づいたからだ。母は怒りを死ぬまで持ちながら生きてもそれはそれでいいのだと思うことにした。繰り返し聞かなければならない残酷な戦争の話も、最近では「もう聞きたくない」と言うことにした。それでも、数時間後にはまた繰り返すのだし…。

おそらくこれは親孝行なんていうものではない。私にとっての修行なのだ。人の話を聞いてもそれに巻き込まれないようにするための、大きな修行らしい。いずれ、必ず何らかの形で、「ああ、あのときの修行はこのときのためだったのか」と思う日がきっと来るに違いない。やれやれ、それをせいぜい楽しみにしていよう。明日も朝からリスニングだ…。  (2002.05.05)