絵を描いて脳に風穴をあける
あるとき、無性に紫が塗りたいと思ったことがある。その頃、私は色鉛筆を買いまくっていた。かなり色数の豊富な値段のはるものだ。それで、ひたすら紙に色を塗りたくった。しかし、色鉛筆の固い芯では、私の欲する微妙な色合いがどうしても出ない。それで、今度は水彩絵の具を買い込んで、青と赤と紫をグラデーションにして塗ってみたら、これが非常に心に沁みて良い心持ちになったのである。
ただ色を塗ることから、次第にきちんと絵を描いてみたいという気持ちに向かっていった。以前からファンだった永沢まことさんというイラストレーターの本「絵を描きたいあなたへ」という本を引っ張り出して、本の通りに材料をそろえ、ペンで描いてみた。なかなか、うまくいかないが、それでも何だかとても楽しい。
そして、ついに先日永沢先生ご自身のスケッチ教室に参加することができたのだ。静かな印象の先生が語る、線の話、絵の話はまるで生き方そのものだ。線はペンで描く。鉛筆なら消しゴムで修正することができるが、ペンだと修正がきかない。これは先生が長年かけて独自にたどり着いた手法だが、線を右に描くか左に描くか、そこで素早い判断を求められる。
迷った線を描く人は、生き方も迷いがち、ためらいがちだという。勢いのあるときは、線にも勢いが出るという。なるほど、そう言われて自分の描いた線を見てみる。このところ、エネルギーも低下していて、すっかり弱気になっていたのに、線はずいぶんと元気に伸びてゆく。そして、描いているうちに眠っていたエネルギーがどんどん出てくるような不思議な感覚にとらわれた。自分には案外エネルギーがあって、それがうまく出せていなかったのだろうか、と気づく。
実は、タイトルにした「脳に風穴をあける」というのは、永沢先生の新刊「絵を描く、ちょっと人生をかえてみる」(講談社)のチラシのコピーなのである。絵にしてみようか、と思って世の中を見ると、これまでと全く違った視点で見るようになる。これは新鮮な驚きの体験だった。物の形も、人があふれる雑踏も、電車の窓から見る景色も、絵に描くという視点で見ると、ずっと注意深く、おもしろく見ることができる。
落ち込んだときや、人生に行き詰まったとき、ちょっと画用紙に好きなように自由に線を描いたり、色を塗ったらどうだろう。本当に魔法が起こるように、何かが変わる。永沢先生の生徒さんには、絵を描きはじめて人生が変わった方が大勢いらっしゃる。または、変わったから絵を描きはじめた人もいる。私も不思議と今絵を描きながら、人生が大きく変わりつつあるような気がしているのだ。 (2002.05.01)